ROMANCE DAWN~畑探し~

ROMANCE DAWN~畑探し~

独立初年度編~2019~①

2024/4/17

スタート!蟻さんくだもの畑
 2019年。年が明けると、ついに独り立ちの時を迎え、ぼくの気持ちは高ぶっていました。
 8年という長過ぎる下積みは、初年度からそれなりに上手くやれるだろう、という自信を与えてくれました。何より、新規就農者なら誰もが悩む栽培方法に関して、ぼくには全く迷いがありません。 「工藤さんの栽培100%でやれる」ということは、ドラクエ3で例えると、アリアハンを出るタイミングで最強の武器 王者の剣を装備しているようなものだと感じていました。
 しかし、「独立する」ということについて、自分の中でモヤモヤとしたものがありました。従業員ではなく経営者として、これから自分の農園をどうしていくのか。自分の農業において何を目標にしていくのか。元々、独立欲のようなものが無かった自分にとって、この芯の部分がポッカリ空いているように感じていたのです。
 漫画ONE PIECEの主人公のような「俺は海賊王になる!」みたいな大儀が欲しいと思いました。
 そこで、またいつものように工藤さんの家を訪ねてストレートに相談しました。
「工藤さん、ちょっと悩んでいるんですけど。これから、自分の農業において、どこを目指したらいいかなぁって」
 1月の極寒の工藤さんの部屋。工藤さんは布団に入ったまま答えます。
「しんちゃん、そこはそんな悩む必要ねぇんじゃねぇか?これまでMちゃんの下で、美味い果物を作るイロハは身についてんだから、あとはシンプルにさやかちゃん、ゆうちゃん、たいちゃんが『美味い』」って言ってくれるものを作ればいいんだよ。
 食い物は美味いか不味いかだけの世界なんだから。しんちゃんの家族である3人が『美味い』って言うものを作ってたら、例え作ったものが売れなかったとしても悔いはないじゃねぇか」
「おぉ!なるほど!流石、工藤さんわかりやすくていいっすね!そうですね」
「それにさやかちゃんくらい性能のいいベロを持ってる人はそうそういねぇんだよ。だからさやかちゃんが『美味い』って言うものを作っていれば、たいていの客は喜んでくれると思うよ」
 言われてみれば確かにそうです。妻の味覚にぼくは絶対的な信頼を寄せていました。
「つくづくしんちゃんは嫁さんに恵まれてんだよ」
「そうっすね。それは間違いないです。ぼくは何の才能も持ってないけど、運だけは持ってるんです」
「ハハハ!さやかちゃんには伯楽(はくらく)の才能があるんだな」
「ハクラク?ってなんですか?」
「伯楽ってのは、馬の良しあしを見抜ける人、いい馬を育てる人のことを言うんだけど..さやかちゃんは、馬が元気になってくれればいいという精神で、それが自分の幸せだと思う控えめな人格の人なんだよ」
「なるほどー、確かにそんな感じはしますね」
「だから蟻さんは、ぶどうやりんごの葉っぱが元気なことに喜んで、元気な木が作った美味しい果実をめぐんでもらって、それを家族に食べてもらって喜んでもらう。それで、こっからはまあどっちでもいいけど、客も喜んでくれたらまあいいか。そんくらい肩の力を抜いてやっていけばいんじゃねぇか?」
「わかりました!そうします!ちなみに工藤さんがお父さんと一緒に農業始めたときは、どんな気持ちで始めたんですか?」
「おれの場合は、ぶどうに渡世を賭けようと思ったね」
 ヤクザ物の話が好きで、よくそれ系の雑誌を買っている工藤さんらしい表現です。ぼくも同じ気持ちで、蟻さんくだもの畑に渡世を賭けようと思いました。
後継者
「工藤さん、ぼくはほんとに今年ワクワクしてるんすよ!オリンピアの苗木も頼みましたから!」
 今年植える予定のぶどうの畑は決まっていませんでしたが、苗木の予約だけは済ませていました。
「んだね。楽しみしかないね。しんちゃんは今の所おれの唯一の後継者だから。ぶどう作りの極意ってのはちゃんと教えてやるよ。何と言ってもまともなオリンピア作れんのはおれしかいねぇんだよ。心配しなくても極上のぶどうはなるよ」
「後継者と言えば、工藤さんの農業って、こんなにわかりやすくて魅力的なのに、今まで後継者になる人はいなかったんすか?」
「おれのところに教えてくれって来た奴は今まで何人もいたよぉ。ただちゃんと理解するところまではいかねぇんだよ」
 それを聞いたら何となく想像できました。
 ぼくが知り合う前は、今以上に普段から酔っぱらっていたであろう工藤さん。教えを請いに来た人達も、だんだんその酔っ払いな言動にうんざりしたり、一般的な栽培方法とはあまりにかけ離れたやり方を聞いて、まともに話を聞くことをやめたのだろうと思いました。
 それに、立木の剪定等は特に、一般的なやり方とまるで違うため、農業を長くやってきた人ほど、それは理解しがたいものがあったのだろうということも想像できました。
 ぼくはこのとき、このまま工藤さんの農業が終わってしまうにはあまりにもったいない、何が何でも後世に繋ぎたいと思いました。
 これでようやく、ぼくの農業は何のためにやるのか決まりました。
  1. 妻と子供達に美味しいと喜んでもらうため
  2. 応援してくれるお客さんに喜んでもらうため
  3. 工藤さんの栽培方法が本物だと世に証明し次世代に繋ぐため
 この三つを大目標にやっていこうと。
無農薬へのこだわりはひとまず置いておく
「工藤さん。ぼくは、ぶどうだけじゃなくて、りんごも、サクランボも無農薬で作りたいんですよね」
「できるよ。サクランボはおれがもうやってるし、りんごだって去年秋映で出来たじゃねぇか。
 でもしんちゃん焦んなよ。無農薬が一番美味いってことははっきりしてるし、当然作っていればそこを目指したくなるのが果樹屋なんだけど、しんちゃんには家族がいるんだからな。最初は普通に農薬をまけばいい。無農薬になるには木も土地も健全になってからなんだ。でもそれには時間がかかんだよ。だから慌てずに少しずつ減らしていっていったらいいんだ」
 その言葉に、工藤さんの書いた””21.47世紀の友へささぐ”の一文が蘇ってきてハッとしました。

無農薬栽培とは個人の技能によるものではありません。誰にでも出来る事なのです。畑の環境を整えてさえやればひとりでについてくる結果に過ぎないのです。

「ですね。まともなものをまともな量、収穫できなかったらやってる意味がないですからね。最初は無理せず農薬使います」
 下積み時代に経験した、数々の失敗経験も思い出されます。ましてや独立初年度は、初めてお付き合いする畑ばかりです。無謀なことは絶対にやめようと心に誓いました。

畑を探す!
 さて、栽培技術もある、農園の目標も決まった、でも畑がありません。
 去年は、年末ギリギリまで忙しく仕事をしていたので、畑探しに時間を使う余裕がありませんでした。年が明けからの勝負です。
 畑探しにおいて、第一条件は決まっていました。「家から近いこと」です。具体的には車で10分以内で行ける距離。
 下積み時代の経験から、「減農薬や無農薬で栽培する場合、こまめな見回りが何より重要だ」と感じていました。そのためには、車で20分や30分もかけて通うような場所では無駄が多すぎると思ったのです。
 そして、果樹農家で独立して、苗木から育てていては成木になるまで5年くらいは無収入です。まずは成木の畑を探すしかありません。作物は、サクランボ、りんご、ぶどうです。幸い、ぼくの住む町は果樹地帯。特にサクランボは多いので苦労せず見つかるだろうと踏んでいました。
 それを前提に、ぼくの場合は次の4つの方法で畑を探しました。
  1. 自分が求める農地を管轄する農業委員に相談する
  2. 各市町村の役場にある農業委員会に相談する
  3. ドライブしながら自分が求める農地を見つけて、その土地の所有者に農業委員を通して交渉する
  4. 友達の農家へ相談する
農業委員からの言葉
 最初に相談したのは、ぼくの自宅近くの地区を担当する農業委員でした。農業委員は地元の農家が担っています。本業の傍ら担当する地区における農地利用の相談窓口として働いているのです。
 また同時進行で地元寒河江市の農業委員会にも相談しました。こちらは市の職員が担っていて、農業委員の取りまとめ役という位置づけです。ぼくは、畑が近ければ市町村を跨いでも構わないと思い、寒河江市だけでなく隣町の役場にも農地探しをお願いしてまわりました。
 すると運良く、リミット3月末までの間に、すぐに収穫できる畑として、サクランボ15アール、ふじりんご10アール、付属でついてきたスモモ畑10アールほどが決まりました。それ以外に、苗木を植える予定の畑として、耕作放棄地も借りることができ、上々の滑り出しだと思いました。
 1月から動いてここまで畑が揃ったのは、つくづく地元の農業委員の方のおかげだと思いました。役場の農業委員会では、空いた農地の情報が古いのです。最新の情報を持っているのは農業員ということがはっきりわかりました。(この時は話がありませんでしたが、数年後、顔の広い農家仲間からも農地を紹介して貰えることがありました)
 ただ、畑を借りるにあたって、よくしてくれた農業委員からは
「あなたの師匠のMさんのように、草を全く刈らないってのは、いくら栽培方法だと主張しても、周りの人は認めないだろうし、自分も違うと思う」
と釘をさされました。農園の中にいたときは気にもしませんでしたが、外に出てみるとそういう目で見られていたんだ、と改めて感じました。
 ぼくは、次のような説明しました。
「ぼくはMさんのように全く草を刈らないということはしないので安心してください。全く刈らないのでは作業性も悪いですし。ただ、草がまったく無いのでは自分のやりたい農業ができないので、目安として膝丈くらいまで草が伸びたらクルブシくらいまで長めに草を残して刈るように管理するつもりです」
 これは、実際に畑を借りるとき、地主や隣の農地の人と会う度に、同じ話をしました。
 慣行栽培の農業者にとって、“無農薬”とか“自然農法”についてまわるイメージの一つに「畑の管理をしない。草を刈らない」というものがあり、ほとんどの農家は嫌がります。
 我を通して初年度からいきなり“草刈りしない”を決め込むと、次に貸してくれる人が出てこなくなることは容易に想像できました。最初のうちは畑の面積を広げたいので、なるべく目立たないようにするのが無難だと考えていました。
 そんなこんなで、どうにか4月には独立して果樹農家をやるのに最低限の畑が揃ったのでした。

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